はじめに
「転倒予防には筋力をつけることが大切です。」
この言葉を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。
もちろん、筋力を維持・向上させることは転倒予防に欠かせません。しかし、私は理学療法士として、筋力トレーニングだけでは十分ではないと考えています。
なぜなら、私たちの生活は筋力だけで成り立っているわけではないからです。
歩く、立ち上がる、方向を変える、椅子に座る、トイレへ行く。こうした日常生活の動作には、筋力だけでなく、バランス能力や身体の使い方、周囲の状況を判断する力など、さまざまな能力が必要になります。
この記事では、私が特別養護老人ホーム(特養)で実践しているリハビリをもとに、「目的に合ったリハビリ」の大切さについてお伝えします。
筋力は転倒予防の土台になる
まずお伝えしたいのは、筋力トレーニングを否定しているわけではありません。
筋力は、立ち上がる、歩く、姿勢を保つなど、あらゆる動作の土台になります。
筋力が低下すると、
- 立ち上がるのに時間がかかる
- 歩幅が狭くなる
- 疲れやすくなる
- つまずきやすくなる
など、転倒につながる原因が増えてしまいます。
そのため、筋力を維持することはとても大切です。
なぜ筋トレだけでは転倒予防にならないのか
歩くためには筋力だけでは足りません。
例えば、
- バランスを保つ力
- 重心を移動させる力
- 方向転換する能力
- 周囲を見ながら歩く能力
- 状況に応じて身体をコントロールする力
など、多くの能力が必要です。
筋力トレーニングは基礎体力を高めますが、生活で必要な動作そのものを身につけるには、実際の動作を繰り返し練習することが欠かせません。
野球の練習だけではサッカーは上達しない
私は利用者さんや介護職員へ説明するとき、スポーツに例えて話すことがあります。
野球が上手になりたい人は、キャッチボールやバッティングの練習をします。
サッカーが上手になりたい人は、ドリブルやパス、シュートの練習をします。
どちらも運動ですが、目的が違えば必要な練習も違います。
リハビリも同じです。
歩くことが目標なら歩く練習を。
立ち上がることが目標なら立ち上がる練習を。
トイレへ安全に移動したいのであれば、その一連の動作を練習します。
目的に合ったリハビリを行うことが、生活の中で活かせる力につながると私は考えています。
私が考えるリハビリの基本
私はリハビリを始める前に、
「この方は生活の中で何に困っているのだろう」
ということを考えます。
例えば、
- トイレまで歩きたい。
- 食堂まで自分で行きたい。
- 自宅へ戻ったら家の中を歩きたい。
利用者さんによって目標は異なります。
だからこそ、「みんな同じ運動」ではなく、一人ひとりの生活に合わせたリハビリが必要です。
運動の内容を決めるのではなく、生活の目標から逆算してリハビリを考えることを大切にしています。
特養で実践しているリハビリ
特養では、リハビリの時間だけでなく、日常生活そのものがリハビリにつながるよう意識しています。
例えば、歩行練習では、ただまっすぐ歩くだけではありません。
立ち上がる、方向を変える、歩行器を操作する、椅子へ座るなど、生活の中で実際に行う動作を取り入れています。
また、私はできるだけリビングでリハビリを行うようにしています。
その理由は、介護職員にも利用者さんの実際の動きを見てもらいたいからです。
普段は車いすで生活している方でも、支えがあれば歩ける方がいます。
その様子を職員が実際に見ることで、
- どこまで自分でできるのか
- どの程度の介助が必要なのか
- どの場面で転倒リスクが高くなるのか
を多職種で共有しやすくなります。
リハビリは利用者さんだけのためではありません。
利用者さんの能力を職員間で共有し、日々の介助に活かすことも、安全な生活につながる大切な役割だと考えています。
「運動」ではなく「生活」を支えるリハビリ
リハビリは運動をすることが目的ではありません。
利用者さんが、
- 自分でトイレへ行ける。
- 食堂まで歩いて行ける。
- 家族との時間を楽しめる。
- できることを続けながら生活できる。
そんな日常を支えることが本当の目的です。
私は常に、
「この運動は生活のどの場面につながるのか」
という視点を大切にしています。
理学療法士として伝えたいこと
転倒予防では筋力トレーニングは欠かせません。
しかし、筋力だけを鍛えても、安全な生活につながるとは限りません。
利用者さん一人ひとりで、
- 身体機能
- 生活環境
- 目標
- できること
は異なります。
だからこそ、その人の生活に必要な動作を練習し、その人に合った方法を考えることが大切です。
私は、
「運動のための運動ではなく、生活のための運動」
という考え方を大切にしています。
その積み重ねが、転倒予防だけでなく、その人らしい生活を続けることにつながると考えています。
まとめ
転倒予防には筋力トレーニングが重要です。
しかし、それだけでは十分ではありません。
歩くためには歩く練習。
立ち上がるためには立ち上がる練習。
生活で必要な動作を繰り返し練習することが、安全に生活する力につながります。
私は特養で、一人ひとりの生活を大切にしながら、その人に合ったリハビリを心がけています。
転倒予防とは、「転ばないように動きを減らすこと」ではなく、「安全に動き続けられる力を育てること」。
これからも利用者さん一人ひとりの生活に寄り添いながら、リハビリに取り組んでいきたいと考えています。
【この記事の執筆者】
usagi.inco(理学療法士・福祉住環境コーディネーター2級)
理学療法士として18年以上、高齢者リハビリテーションに従事。現在は特別養護老人ホームで勤務し、介護職員への介助技術指導、転倒予防、褥瘡予防、リスクマネジメント活動などに携わっています。


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