はじめに
介護現場では、「昨日まで普通に歩いていたのに転倒してしまった」という経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか。
しかし、転倒は突然起こるものではありません。多くの場合、その前には「いつもと違う」という小さな変化が現れています。
私は特別養護老人ホームで理学療法士として勤務しています。毎朝、個別機能訓練(リハビリ)を行う前に、利用者さんの状態を確認し、転倒につながる危険なサインがないかを観察しています。
この記事では、私が日頃実践している「利用者さんの変化から転倒リスクを見つけるポイント」をご紹介します。
まずは情報収集から始める
利用者さんの状態を正しく把握するためには、いきなり身体機能を評価するのではなく、事前の情報収集が欠かせません。
私が毎朝行っている流れは次のとおりです。
- 前日や休日中の記録を確認する
- フロア職員から利用者さんの様子を聞く
- 利用者さんへ挨拶し、表情や反応を確認する
- 前回リハビリ時との違いがないか整理する
この時点で「いつもと違う」と感じることがあれば、その日のリハビリ内容や介助方法を見直す準備をします。
観察の優先順位は活動量で決める
私は利用者さん全員を同じ順番で観察しているわけではありません。
活動量によって転倒につながる場面は異なるため、事故が起こりやすい利用者さんから優先的に確認しています。
私が意識している順番は、
- 歩行される方
- 車いすを利用されている方
- 寝たきり度が高い方
です。
これは利用者さんの大切さに優先順位を付けているのではありません。
その日の事故につながるリスクを早く見つけるための観察の優先順位です。
活動量が多い方は「今日は安全に歩ける状態か」を確認する
活動量が多く、歩行される利用者さんは転倒の機会も多くなります。
私はまず、
- 一人で歩行できる方
- 見守りで歩行できる方
- 支えや介助が必要な方
という普段の介助量を把握しています。
そのうえで、「今日は安全に歩ける状態か」という視点で観察します。
確認しているポイント
- 歩き始めは安定しているか
- 歩幅や歩行速度に変化はないか
- 声掛けへの反応は普段どおりか
- 表情や気分に変化はないか
- 落ち着いて行動できているか
例えば、
- 今日はイライラしている
- 声掛けへの反応が鈍い
- 落ち着きなく歩き回っている
- 急いで立ち上がろうとする
このような変化は、歩行能力が大きく変わっていなくても転倒リスクが高まっているサインです。
一見すると歩行動作に問題がないように見える利用者さんほど、私は注意して観察しています。
実際の現場での対応例
ある利用者さんは、何も持たずに歩くことができます。
一方で、高齢によるふらつきがあり、認知症も重度で直前の出来事を覚えておくことが難しい状態でした。また、とてもさみしがり屋な性格で、職員の姿が見えなくなると1~2分ほどでトイレへ向かったり、施設内を歩き回ったりすることがありました。
歩行だけを見ると「自分で歩ける方」と判断できますが、それだけでは転倒リスクは評価できません。
私はフロア職員と情報共有を行い、
- 最近の様子に変化はないか
- 落ち着いて過ごせているか
- 声掛けへの反応はどうか
- 離席する回数が増えていないか
などを確認しました。
その結果、
- こまめに声を掛ける
- 定期的に様子を確認する
- 職員の近くで過ごせる環境へ誘導する
- 必要に応じて支えながら見守る
という対応へ変更しました。
転倒予防とは、行動を制限することではありません。
その方の行動を理解し、安全に過ごせるよう支えることが大切だと考えています。
車いすを利用されている方は「転落」のリスクを確認する
次に確認するのは、車いすを利用されている利用者さんです。
車いすを使用しているからといって、安全になったわけではありません。
歩行中の転倒は少なくなりますが、立ち上がりや移乗、不良姿勢による転落など、注意すべき場面が変わります。
歩行される方と同じように、「今日はいつもと違うか」という視点で観察しています。
確認しているポイント
- 急に立ち上がろうとしていないか
- 声掛けへの反応は普段どおりか
- 落ち着きなく動こうとしていないか
- 座位姿勢が崩れていないか
- お尻が前へずれていないか
- ブレーキや足台を安全に使用できているか
特に不良姿勢のまま座っている利用者さんは、少しずつ身体が前へずれ、転落につながることがあります。
そのため、姿勢だけでなく認知機能や精神状態も合わせて確認しています。
寝たきり度が高い方は体調の変化を優先して確認する
最後に確認するのは、寝たきり度が高く活動量の少ない利用者さんです。
転倒リスクという視点では優先順位は低くなりますが、観察をしなくてよいという意味ではありません。
私が重視しているのは、体調の変化です。
確認しているポイント
- 表情や顔色
- 覚醒状態
- 呼吸状態
- 発熱の有無
- 食事や水分摂取量
- 痛みや苦痛の訴え
活動量が少ない利用者さんでは、転倒よりも体調悪化が生活に大きな影響を与えることがあります。
そのため、「いつもと違う体調変化はないか」を意識して観察しています。
リハビリで確認した内容は再び情報共有する
事前の情報収集だけでなく、個別機能訓練(リハビリ)で実際に身体を動かしていただくことで、新たな気づきを得ることもあります。
例えば、
- 筋力の低下
- バランス能力の変化
- 動作時のふらつき
- 疲れやすさ
- 痛みの出現
など、記録や会話だけでは分からない変化が見つかることがあります。
そのような変化があれば、介護職員や看護職員へ情報を共有し、その日の見守り方法や介助方法を見直します。
転倒予防は、一人で行うものではありません。
利用者さんの小さな変化を多職種で共有し、その日の状態に合わせた支援につなげることが大切です。
まとめ
転倒リスクは、歩行能力だけでは判断できません。
私は毎朝、
- 情報を集める
- 利用者さんを観察する
- リハビリで身体機能を確認する
- 多職種で情報を共有する
という流れを繰り返しています。
その中で大切にしているのは、「歩けるか」ではなく、「今日は安全に行動できる状態か」という視点です。
利用者さん一人ひとりの活動量や認知機能、精神状態、身体機能を総合的に考え、「いつもとの違い」を見つけることが転倒予防につながります。
小さな変化に気づき、多職種で情報を共有し、その方に合った支援につなげることが、安全な生活を支える第一歩だと私は考えています。
【この記事の執筆者】
usagi.inco(理学療法士・福祉住環境コーディネーター2級)
理学療法士として18年以上、高齢者リハビリテーションに従事。現在は特別養護老人ホームで勤務し、介護職員への介助技術指導、転倒予防、褥瘡予防、リスクマネジメント活動などに携わっています。


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