高齢者の転倒を防ぐためには、筋力やバランス能力などの身体機能だけでなく、普段生活している環境を見直すことも大切です。
自宅では、段差やマット、床に置かれた物など、本人が気づかないうちに転倒につながる環境ができていることがあります。
一方で、環境整備は単純に「危険な物をなくせばよい」というものでもありません。
理学療法士として高齢者の生活を見ていると、その人の身体の状態や認知面、歩行、移乗などの生活動作に合わせて環境を考えることが重要だと感じます。
この記事では、施設での環境整備の経験をもとに、高齢者の転倒予防のために自宅で確認したいポイントを紹介します。

高齢者の転倒予防で環境整備が大切な理由
高齢者の転倒は、身体機能だけが原因で起こるわけではありません。
筋力やバランス能力が低下しているところに、
- 小さな段差
- 床に置かれた物
- 滑りやすい場所
- 足に合わない履物
- 暗い場所
- 家具の配置
などの環境が重なることで、転倒につながることがあります。
そのため、転倒予防では「本人の身体機能」と「生活している環境」の両方を見る必要があります。
以前の記事では、自宅で起こりやすい転倒の原因について詳しく紹介しています。
【内部リンク:高齢者が家の中で転倒する原因7選|理学療法士が考える予防方法】
高齢者の自宅で確認したい環境5つ
ここからは、自宅で確認したい環境について紹介します。
① 廊下や通路に物が置かれていないか
廊下や部屋の中に物が置かれていると、歩くときに足を引っかける可能性があります。
例えば、
- 段ボール
- 新聞や雑誌
- 電源コード
- 小さな荷物
- 椅子
- 脱いだ衣類
などです。
本人にとっては「いつもの場所」であっても、歩行能力が低下すると、それまで問題なく通れていた場所が危険になることがあります。
特に、足が上がりにくくなっている方や、歩行時にふらつきがある方は注意が必要です。
「以前は大丈夫だったから」と考えるのではなく、現在の歩き方で安全に通れるかを確認してみましょう。
② 段差・敷居・玄関の上がりかまち
自宅には、意外と多くの段差があります。
例えば、
- 部屋と廊下の境目
- 敷居
- トイレの入口
- 浴室の入口
- 玄関の上がりかまち
などです。
数cm程度の段差でも、足が上がりにくくなっている高齢者にとっては、つまずきの原因になることがあります。
特に注意したいのが、普段は意識していない小さな段差です。
本人が「ここに段差がある」と分かっていても、夜間や急いでいるとき、体調が悪いときなどには足を引っかけることがあります。
段差そのものをなくすことが難しい場合には、段差を分かりやすくするなど、本人が認識しやすい環境を考えることも大切です。
③ マットやじゅうたんがずれていないか
マットやじゅうたんも転倒の原因になることがあります。
特に、
- めくれている
- 端が浮いている
- 滑りやすい
- 歩くと動いてしまう
といった状態には注意が必要です。
本人にとっては使い慣れたマットでも、歩行能力が低下すると危険になる場合があります。
「今まで使っていたから大丈夫」と考えず、実際に歩いているところを見て確認してみましょう。
④ 夜間でも安全に移動できるか
夜間のトイレなどでは、暗い環境で移動することになります。
寝室からトイレまでの通路が暗い場合、
- 足元が見えにくい
- 小さな段差に気づきにくい
- 家具や物にぶつかる
- 起き上がった直後にふらつく
などの危険があります。
夜間にトイレへ行くことが多い方の場合は、寝室からトイレまでの動線を実際に確認することが大切です。
例えば、足元を照らす照明や人感センサー付きのライトなどを利用する方法もあります。
ただし、照明を設置すれば必ず安全になるわけではありません。
本人がどこを通り、どこで立ち上がり、どこで方向転換するのかまで確認して環境を考えることが重要です。
夜間のトイレについては、こちらの記事でも詳しく紹介しています。
⑤ 家具の配置を確認する
家具は生活に必要なものですが、配置によっては歩行や移乗の邪魔になることがあります。
例えば、
- ベッドと家具の間が狭い
- 椅子から立ち上がる場所に物がある
- 車椅子が方向転換しにくい
- ベッドからトイレまでの動線に家具がある
といった場合です。
大切なのは、家具をすべてなくすことではありません。
その人が実際にどのように動いているのかを確認し、その動作に合わせて家具の位置を考えることです。
環境整備では「その人がどう動くか」を確認する
施設での環境整備では、入居時に家具の配置を決めて終わりではありません。
入居されてから、入居者様それぞれの、
- 身体の状態
- 認知面
- 歩行
- 移乗
- 起き上がり
- 立ち上がり
などの生活動作を確認し、その方が普段どのように生活しているのかを見ながら、家具の配置変更を提案することがあります。
例えば、ベッドから起き上がるときに、どちらの方向から起き上がりやすいのかを確認します。
そのうえで、
- ベッドをどの向きにするか
- ベッドの周囲にどの程度のスペースを確保するか
- 起き上がった後にどこへ移動するのか
- 家具をどこに置くのか
などを考えます。
その方の現病や既往歴、身体の状態によっては、起き上がりや移乗が行いやすい方向が変わることもあります。
そのため、単に「ベッドの横を広くする」という考え方ではなく、本人が実際に行っている動作に合わせて環境を整えることが大切です。
入居後の生活を見ることで、環境の問題が見つかることもある
入居時には問題がないように見えた家具の配置でも、実際に生活してみると動きにくいことがあります。
例えば、
「ベッドから起き上がった後に家具にぶつかる」
「車椅子で方向転換しにくい」
「立ち上がった後の歩き始めでふらつく」
といったことです。
このような場合には、本人の身体機能や生活動作を改めて確認し、家具の配置を変更することで動作を行いやすくできる場合があります。
つまり、環境整備は一度決めたら終わりではなく、実際の生活の中で動作を確認しながら調整していくものだと考えています。
認知面の状態によっても環境整備の方法は変わる
環境整備を考えるときには、身体の状態だけでなく、認知面についても確認する必要があります。
施設では、認知症が重度で、異食や盗食がみられたり、ベッドやトイレなど、場所の認識が難しい方もいます。
そのような場合には、本人の行動や認知面の状態を確認したうえで、衛生面や安全面に配慮し、居室に置く物を必要なものに絞るといった対応をすることがあります。
これは、単純に物を減らすことが目的ではありません。
その方がどのような行動をする可能性があるのかを考え、危険につながる物を避けながら、必要な生活環境を整えることが目的です。
例えば、本人にとって必要な物までなくしてしまうのではなく、生活に必要な物を確保しながら、異食や盗食につながる可能性のある物を置かないようにするなど、その方の状態に合わせて環境を考えます。
このように、環境整備は「部屋をきれいにする」「家具を減らす」というだけではありません。
その人の身体の状態、認知面、生活の中で起こっている行動を確認し、安全に生活できる環境を考えることが大切です。
慣れ親しんだ家具でも、すべてをそのまま置けるとは限らない
自宅で長年使っていた家具は、本人にとって安心できる大切なものです。
しかし、施設では居室の広さやベッドの位置、介助者が動くためのスペースなども考える必要があります。
そのため、自宅で使っていた家具をすべて同じように配置できるとは限りません。
環境整備を考えるときには、
「その家具が必要かどうか」だけではなく、「その家具があることで本人の生活動作にどのような影響があるか」
を考えることが大切です。
もちろん、本人にとって大切な家具を何でも移動すればよいわけではありません。
必要な物を残しながら、安全に生活できる環境を作ることが重要です。
これは自宅でも同じです。
「長年使っている家具だから動かさない」のではなく、
- 歩くときに邪魔になっていないか
- 立ち上がるときにぶつからないか
- 移乗の邪魔になっていないか
- 夜間の移動の妨げになっていないか
などを確認してみましょう。
環境だけでなく「本人の動作」を見る
転倒予防のために環境を整えるときには、環境だけを見ないことも重要です。
同じ部屋でも、歩く人によって危険な場所は変わります。
例えば、
歩行が安定している人
多少の段差があっても問題なく歩ける場合があります。
足が上がりにくい人
小さな段差やマットの端でもつまずく可能性があります。
車椅子を使用している人
歩行者とは異なり、方向転換や移乗を行うためのスペースが重要になります。
立ち上がりが不安定な人
椅子やベッド周囲の家具の位置が、立ち上がり後の動作に影響することがあります。
このように、同じ環境でも、その人の身体機能や生活動作によって危険な場所は変わります。
そのため、環境整備では「部屋を見る」だけではなく、実際に本人が動いているところを見ることが大切です。
歩行時のふらつきや身体の状態によっては、環境を整えるだけでなく、杖や歩行器、歩行車などの歩行補助具を検討することもあります。
歩行補助具の種類や選び方、安全な練習方法については、こちらの記事で詳しく解説しています。
転倒予防のために環境を変えるときの3つの考え方
環境を整えるときには、次の3つを意識すると考えやすくなります。
① 危険なものを減らす
まずは、転倒につながる可能性がある物を確認します。
- 床に置かれた物
- 不要な家具
- めくれたマット
- 電源コード
- 通路を狭くしている物
などです。
「なくても生活できる物」であれば、片付けることを検討します。
② 安全に動けるスペースを作る
必要な家具をすべてなくす必要はありません。
ベッドからの起き上がり、立ち上がり、歩行、車椅子への移乗など、本人が行う動作を確認して、必要なスペースを確保します。
特に、動作の始まりと終わりの場所を見ることがポイントです。
例えば、
「ベッドから起き上がる」
↓
「立ち上がる」
↓
「歩き始める」
という一連の動作を確認します。
歩いている場所だけでなく、動作を始める場所にも危険がないか確認してみましょう。
③ 本人ができることを残す
転倒を防ぎたいからといって、すべてを介助すればよいわけではありません。
本人が安全にできる動作まで介助してしまうと、活動量が減ることがあります。
環境を整えることで、本人ができる動作を安全に続けられるようにすることも、環境整備の大切な目的です。
「危険だから動かさない」のではなく、「安全に動けるように環境を整える」
という考え方を持つことが重要です。
環境整備でよくある注意点
環境整備では、次のようなことにも注意しましょう。
「片付ければ安全」と考えすぎない
物を減らしても、本人の歩行能力や認知面などによっては転倒することがあります。
「手すりを付ければ安全」と決めつけない
手すりも、本人が使いやすい場所に設置されていなければ十分に活用できないことがあります。
「家族が使いやすい環境」と「本人が動きやすい環境」は違うことがある
家族から見ると片付いた部屋でも、本人にとっては必要な物が取りにくいことがあります。
反対に、本人が慣れている家具配置でも、身体機能が低下すると危険になることがあります。
そのため、本人の実際の動作を確認しながら環境を考えることが大切です。
自宅の転倒リスクをチェックしてみましょう
最後に、自宅の環境を確認してみましょう。
通路
□ 廊下や部屋に物が置かれていない
□ 電源コードが歩く場所に出ていない
□ 家具で通路が狭くなっていない
段差
□ 敷居や小さな段差につまずくことがない
□ 玄関の段差を安全に昇り降りできる
□ 段差の場所を本人が認識できている
マット・じゅうたん
□ マットがずれていない
□ 端がめくれていない
□ 歩いたときに動かない
夜間
□ 寝室からトイレまで安全に移動できる
□ 夜間に足元が見える
□ 起き上がった直後に安全に動ける
家具
□ ベッド周囲に必要なスペースがある
□ 立ち上がった後に家具へぶつからない
□ 車椅子を使用する場合、方向転換するスペースがある
□ よく使う物を安全に取り出せる
生活動作
□ 起き上がりが安全に行える
□ 立ち上がりでふらつかない
□ 歩き始めに危険がない
□ 移乗する場所に障害物がない
すべてを一度に変更する必要はありません。
まずは、普段よく行う生活動作の中で「危ない」と感じる場所から確認することをおすすめします。
もし実際に自宅で転倒してしまった場合は、転倒した場所だけでなく、履物や周囲の環境、本人の身体の状態などを確認することも大切です。
転倒したときに家族が確認したいポイントについては、こちらの記事で詳しくまとめています。
まとめ|環境整備は「その人の動作」に合わせて考える
高齢者の転倒予防では、筋力やバランス能力などの身体機能だけでなく、生活している環境を見直すことも大切です。
自宅では、
- 通路の物
- 段差
- マット
- 夜間の照明
- 家具の配置
などを確認してみましょう。
しかし、環境整備で最も大切なのは、単純に「危険な物をなくす」ことではありません。
その人の身体の状態、認知面、歩行、移乗、起き上がりなどの生活動作を確認し、その人が安全に生活できる環境を考えることが重要です。
施設での環境整備でも、入居後の生活動作を確認することで、家具の配置変更を提案することがあります。
また、認知面や行動の特徴によっては、家具や物の配置を見直し、安全面や衛生面に配慮した環境を作ることもあります。
自宅でも同じように、実際に本人がどのように動いているのかを確認してみてください。
転倒予防は「本人の身体機能」「生活環境」「実際の動作」を一緒に考えることで、よりその人に合った方法を見つけやすくなります。
自宅の環境を見直すことも大切ですが、転倒は環境だけでなく、ふらつきや歩行能力、履物など、さまざまな要因が重なって起こります。自宅で起こりやすい転倒の原因をまとめて確認したい方は、こちらの記事も参考にしてください。
まずは今日、本人が普段よく歩く場所や、ベッドから起き上がる場所を実際に見てみることから始めてみましょう。
【この記事の執筆者】
usagi.inco(理学療法士・福祉住環境コーディネーター2級)
理学療法士として18年以上、高齢者リハビリテーションに従事。現在は特別養護老人ホームで勤務し、介護職員への介助技術指導、転倒予防、褥瘡予防、リスクマネジメント活動などに携わっています。


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